Category: 中村 穣先生

中村 穣先生のお証【第3回 TORCH夜明け前】

何をやっても、つながらず・・・

重田先生のお証の中で、先生は若かりし時、酔いどれながら淀橋教会の門をたたき、
そこで救われたと言っていました。

しかし奉仕に疲れ、淀橋教会を飛び出してしまった。
大変お世話になった峯野龍弘先生を、裏切って出て行ってしまったと話していました。

また、のちにJTJ神学校で教鞭をとりましたが、
そこでも岸先生の期待を裏切って出てしまったと。

 

30年後、ふたたび火は灯された

TORCH本大会。その日・・・

岸先生が応援に駆けつけてくれて、サックスを演奏をしてくださいました。
また、最後には峯野先生が心を合わせ祝祷をしてくださったのです。
確かに1000人が集まった大きな集会でした。

でも、一人と一人が和解する集会でもありました。
確かに神様が望んでくださっていること、
和解と癒しから日本のリバイバルが始まることを見せてくださったと信じています。

その時に、このTORCHを神様が用いてくださることを確信しています。
みなさまと出会えたことに感謝しています。
また共に主に仕えることができたことを、心から感謝します。
おひとりおひとりのご労に主が大いに報いてくださいますようにと祈ります。

次につながっていくことを期待し、祈っていきましょう。


中村 穣先生のお証【第2回 TORCH夜明け前】

思いがけない出来事

2014年に上野の森キリスト教会の開拓教会として飯能の山キリスト教会が始まり、
私たち家族は埼玉・飯能の地での生活をスタートしました。

ある時、重田先生から
「超教派の青年大会のヴィジョンが与えられたから協力してほしい」
と連絡を受けました。

それを聞いた時は
『えっ、超教派ですか・・?(重田先生が?)』
と驚いたのを今でも忘れません。

あれだけ超教派の働きを固く拒んでいた先生の変わりようにびっくりしました。
でも同時に、これは絶対神様からだ、ということを知らされました。

 

思いが神様から与えられるとき

今回、こうしてみなさんにこのことを伝えようと思ったのは、
このTORCH宣教大会が神様からの思いで始まっているのだと
再度お知らせする必要があると感じたからです。

重田先生の下でずっと働いてきたものとして、この宣教の思いが人間の思いからではなく、
100%神様から来ていることを私は確信しています。

青年が教会にいないから立ち上がらなくては、と言うでしょう。
でも、その思いさえ、神様からなのです。
協力者も賛同者も誰もいないところから始まりました。信仰だけだったと思います。

 

こうしてTORCHに火がともされた

私は前からJEAの宣教大会に関わらせて頂いて
、『すっと関東(2005)』、『すっとEZRA(2009)』と奉仕をする中で、
今回プログラムチームの責任を負ってくださった
リーダーの松井牧子先生との出会いがありました。

重田先生のその思いを受けて、牧子先生に電話をしました。
『牧子先生に会って話を聞いてもらいたい人がいるんです。
きっとこれから共に青年宣教のために主に仕えることになるだろう人です。』と。
牧子先生の声が電話越しに期待と共に高くなっていたことを覚えています。

「誰なの!?」と言われ、いや、実は私の上司(重田先生)なんですが・・
と言うと、声のトーンが低くなっていったのも覚えています(笑)。

ここから神様からのアイデアと、主の手と足となり奉仕している組織が一つとなっていくわけです。
ここからTORCHが始まりました。神様が一つにしてくれた同志が次々と集まりました。
そして、2018年6月16日には淀橋教会で約1000人の人が集まり、
一つとなり、神様を礼拝したことになります。

長くなりましたが、最後にもう一つだけ、違った即面からTORCHを見てみます。
それは、関係の回復です。

そして、次回この話を書きます。

つづく


中村 穣先生のお証【第1回 TORCH夜明け前】

TORCHにはいくつものドラマがあった

 

TORCH本大会第1回めを無事に6月16日に終えることになりました。

約1000名もの方と賛美とメッセージを分かち合えたこととても感謝しています。

宴の後となりますが、ぜひTORCHに至るまでのドラマをみなさまにシェアしたいと思います。

中村穣先生からいただいたお証を短期連載として掲載いたします。

 

逃げた先の先

 

TORCHプレ大会で賛美とメッセージを、またTORCH本大会では準備賛美を担当させて頂きました、
飯能の山キリスト教会の中村穣と申します。
少し、私がこの大会と関わることになった経緯についてお話しさせていただきます。

私は2003年頃、いろいろなことがあって、当時いた教会から離れなくてはならない状況になり、
妻と生まれたばかりの息子と共に居場所を無くしてしまった事があります。

そんな時に本大会でキッズプログラムを担当していた恵友学園の園長の木村基一牧師を通して、
上野の森キリスト教会の重田先生を紹介してもらいました。

居場所のない私たちを無条件で受け入れてくださり、
辛い中にいた私たちの心を受け取ってくださり、共に痛みを負ってくれました。

 

唯一のはがゆさ

 

どうしたらいいのかという解決策ではなく、痛みを担い、そこからいつも神様の元へと導いてくれました。

私達が2006年に神様から示され『逃れの街ミニストリー(若い人達の痛みに寄り添うための働き)』を発足し、
アメリカに学びに行く時も、私たちの重荷を共に背負ってくださり、限りを尽くして私たちをサポートしてくれました。
帰国したあとも、上野の教会で先生のもとで共に主に仕える中で、たくさんの愛を受けてきました。

 

でも、一つだけ、背負ってくれないことがあったのです。
それが、超教派の宣教活動でした。

 

私は帰国後、上野の森キリスト教会の宣教主事として教会に仕えていました。
文字通り、外に向けた宣教活動は私が担当していたのです。
もちろん、重田先生は教会の中の人たちのケアで大忙しです。
私達に対してそうだったように、居場所のない方々を受け入れ、寄り添っておられました。
でも、「宣教活動は私はしない。君に任せる。」といつも言われていたのです。

ーつづくー


中村 穣先生 プロフィール


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